TTBO長野トランクショーin汕

THE TRUNK BY OBOIST

TTBOの運営は、時々スーツやジャケットのリピートオーダーを個別対応で受けることもありますが、基本的に月に一度程度開催しているトランクショーのみで成り立っています。店を構えているだけで毎月出ていくお金もありますから、各イベントでの売上が非常に大事になってきます。

それでもこの6月に長野県伊那市の汕でイベントを企画できたのは、私の頭の中で「新商品であるHollywoodtop Trousersを中心に2周年イベントである程度のオーダーをいただけそうだし、万が一6月が売上ゼロだったとしても、なんとか立っていられるだろう」という金勘定が頭の中で出来ていたからです。売上よりもずっと大切なのはいつも一緒にイベントを盛り上げてくれる仲間であり、汕で靴磨き屋を営む山岸さんのために私の出来ることをしてあげたい、そして何より汕の素敵な空間でTHE TRUNK BY OBOISTがどう映るのか見てみたい、という気持ちがあったからに他なりません。何度か伺っていますが、長野県伊那市でスーツが飛ぶように売れるイメージは事前には湧きませんでした。しかし蓋を開けてみれば、驚くことに一日あたりの単独売上としては過去最高を記録してしまうわけですから、商売というのは分からないものです・・・。

今回は、ある程度前もってオーダーに必要な備品(サイズゲージやバンチなど)を汕へ送っていたため、お客様が来店されるたびに山岸さん、そして古着屋の牛山さんの二人がTTBOのことを紹介してくれていました。開催日が近づくにつれて「眼鏡をオーダーされたい方がいる」「秋冬用にスーツの問い合わせがありました」等、彼らからの業務連絡の量が目に見えて増えていきます。これはもしや、とんでもないことになるかもしれないぞ・・・と、最悪のケースも想定して腹を括っていた私の中で、不安よりも胸の昂りのほうが大きくなっていきました。

迎えた当日。私は楽しみのあまりよく眠れず、夜中3時半には完全に目が覚めてしまいました。6時半には遅刻防止のために三河安城へ前泊していた岩田さんと合流し、いざ伊那市へ出発です。高速道路の道は快適そのものでほとんど貸し切り状態、スムーズに進んでいき7時半に恵那峡サービスエリアで朝食を摂りました。この食事がイベント終了後の13時間後までに口にする最後の固定物となるとは、この時点では思いもよりませんでしたが。

9時ちょうどに汕へ到着し、車から荷物を運び出します。事前に送ってあったバンチだけでもいつもの県外トランクショーと比べると少し多いくらいの量だったのですが、今回は車移動だったこともあり、予約状況を鑑みて店頭にあるほとんどすべてのバンチと、秘蔵の在庫生地コレクションについても、トランクに積み込んでありました。店内では山岸さんが箒と塵取りを手に淡々と掃除していて、近隣からはウグイスの鳴き声が聞こえてきます。澄んだ空気、丁寧な店主、素敵なお客様たち。大都市の店ではいくらお金をかけようと得ることの出来ない“環境”が汕の強みです。

岩田さんと店内へ入り声をかけると「本当に二人が汕にいるよ~」と感慨に耽る山岸さん。ほどなくして古着屋の店主・牛山さんも車で到着され、みんなでまずは開店準備をしました。牛山さんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら決済端末や生地のセッティングを終えてから、まずは楽しみにしていた古着ショッピングです。普段から古着も着られる岩田さんとは対照的に、私はほぼ古着初心者です。どれが自分に似合うのか全く分からないので、今回も牛山さんにお任せしていくつかピックアップしてもらいました。色々試着した中からTシャツ2枚とブラックのパンツを買うことにして、この日着てきていたW.BILLのブラックアイリッシュリネンスーツの中に、買ったばかりのターコイズブルーのTシャツへ着替えて差し色に使いました。今回が初の汕来店となる岩田さんも、山岸さんに磨いてもらう靴を預け、牛山さんから古着数点を購入していました。

そして開店時刻の11時。初回枠はリクエストによりスーツをオーダーしたいAさんと、眼鏡をオーダーしたいBさんが同時にご来店くださる予定でした。「少し遅れるみたいです」とお二人から告げられ、10分ほどソワソワと店内を歩き回っていると、いよいよ最初のお客様が入店されました。TTBOの名刺を出して挨拶をしてから、まずはスーツのお客様に「どのようなシーンでのご着用を考えておられますか」といつもと同じ質問を投げかけます。

「オーダースーツ屋ってたくさんあるけど、ここのスーツは何が良くて、どうしてこの値段なの?」と聞かれるときは、つくづくこだわりを詰め込んだオリジナルモデルを開発しておいて良かったと感じます。私自身が毎日着ていて“特別なモデル”と感じているからこそ、説明にも熱が入ります。最初「高いね!」と仰っていたお客様も、しっかりとご説明して提案した結果、最終的にシングルで1着、ダブルで1着、ダメ押しで予定外の眼鏡のご注文までいただくことが出来ました。

スーツのお客様を途中から岩田さん単独で対応してもらっている間に、ご予約のBさんもご来店されました。実はこの時点で、既に店内は予約外のお客様でごった返していました。「え、ちょ、こんなに来るの!?!?」とパニックに陥りながらも、何とか岩田さんと連携してお客様を次々に対応していきます。眼鏡のフィッティングについては朝の準備中“念のため”と山岸さんにもレクチャーしていたのですが、振り返ってみるとこれは我ながらナイス判断だったなと。普段は間仕切りで締め切られている奥のスペースで岩田さんがスーツやパンツのフィッティングを取り、私がその手前のバンチコーナーで生地の提案や眼鏡の説明をしていたのですが、その少し横のカウンタースペースで山岸さんはお客様へコーヒーを淹れておもてなしをしながら、眼鏡の説明などをしてくれていました。また、古着屋nejiroでお買い物を楽しんでいたお客様たちも、牛山さんからの紹介を受けてどんどんこちら側へと見に来てくれます。さすがに手が回らないことも多かったですが、牛山さんが「12homemadeというブランドにTTBOさんが別注しているオリジナルのクラウンパントで・・・」と説明してくれている声も耳に入ってきていました。

お客様の口から「汕に来た時に“良い”って聞いていたから」という言葉を、何度聞いたことか。この日に向けて二人がしっかりと準備してくれていたことがお客様を通じても感じることが多々ありました。伊那市ではスーツが売れないかもしれないなんて考えていた自分が恥ずかしくなりました。普段三河安城という特殊な立地で商売をしている自分自身が「本当に魅力的な商品やサービスを展開していれば、場所は関係ない」ということを一番理解していたはずなのに、伊那市に来るにあたって“これはケンジのためにひと肌脱ぐ企画なのだから、過度な期待はしてはいけない”といつの間にか胸の中で売れなかった際の言い訳を考えてしまっていました。お客様たちが山岸さんや牛山さんの一声で動いてくれるというのは、彼らが日ごろ行っているサービスが紛れもなく本物であるという何よりの証でもあります。本当にバタバタと忙しくしながらも、私の中には二人への感謝でいっぱいになっていました。

こういうイベントというのは、基本的に開店から閉店までの間、どこかの時間帯では必ず空くタイミングがあるものですが、こと汕トランクショーに限って言えば一度たりともお客様が途切れることがありませんでした。中にはお昼過ぎ頃未予約でスーツのオーダーをしたいと言ってくれたお客様の対応が出来ずに、17時に出直してきていただくなんてこともありましたし、そのほかにも本当はオーダーしたかっただろうに私たちのご案内が行き届かずに帰られてしまうこともありました。私は「今回案内が出来なかった方や、予定が合わず来られなかった方のためにも、必ずもう一度汕でトランクショーを開かせてもらおう」と決めました。

この日最後のお客様は、私と山岸さんをつないでくれたお客様の一人でもあるUさんです。彼はこの日11時半頃には汕に来ていましたが、カウンターでコーヒーを飲みながら「自分がオボイストと山岸さんを繋いだ結果引き起こされた爆発的な現象」を俯瞰しているようでした。Uさん以外にも山岸さんに靴磨きを依頼しているTTBOのお客様は何人かいましたが、それでも実際私が「汕へ行ってみよう」と心動いたのはUさんからの紹介が大きかったように思います。今この立場になって、手当たり次第に職人さんと交友関係を広げたいとは思っていません。知り合うにも、いろんな意味で勇気が必要なのです。

UさんはTTBOSUITの2着目に、オートミールカラーのウールリネンをダブルで仕立てたいと相談してくれました。またUさんが以前紹介してくれた、JackfortのジーンズやRYO IKEDAのシャツを買ってくれているSさんも17時頃にご来店され、私が提案したメゾンエラールのリネンでスーツをオーダーしてくれることになりました。帰り道、岩田さんからは「生地の提案、めっちゃ早くて正確になってきましたよね」と言われました。曲がりなりにも2年間一生懸命やってきたので、だんだんとお客様が欲している提案が何なのか、分かるようになってきました。

最後の二人が帰られるのをみんなでお見送りして、予定終了時刻を1時間ほど過ぎた20時過ぎ、ようやく長かった一日が終わりました。元々は汕の近くにある焼き肉屋へ打ち上げに行こうと話していたのですが、『史上最大の作戦』(The Longest Day)を終えたばかりの我々には食べに出向く力も残っていませんでした。15時頃に一度、山岸さんの奥さんが汕へ寄ってくれた際に、山岸さんのお母さんからの差し入れとして持ってきてくれたおにぎりをみんなで食べました。「まさかこんなことになるとは!」と皆で達成感を味わいながら食べるおにぎりが一番美味い。私は後半、おそらく極度の疲れから咳が止まらなくなっていたのですが、これも山岸さんが淹れてくれたハーブティーを飲むと少しずつ回復していきました。

本当なら伊那市で一泊していきたかったのですが、岩田さんが翌日大阪出張の予定がありなんとしても帰る必要がありました。おにぎりとハーブティーで完全にスイッチの切れた私は、とてもじゃないけど荷物の片付けをする気分になれなくて、二人に許可をもらって後日改めて汕を訪問してゆっくりやることにしました。最後に4人で並んで写真を撮って、抱き合って別れを惜しみ、のちに伝説となる会場を後にしました。

色々と語ってきましたが、まだまだ伝えたいことがたくさんあります。片付けに後日伺う際、汕にて山岸さん・牛山さんと私で、イベント後の感想を動画に収めてYouTubeの公式チャンネルにアップしてもらえることになりました。続きはそちらでご覧いただければ幸いです。これからも日本各地を巡りますが、伊那市の汕へは次回10月、もう一度帰ってきたいと思っております。今回お会いできたお客様・来られなかったお客様、次回も何卒よろしくお願い申し上げます。

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