人生最高のKOKON【中編】

Shoes

部屋の奥から戻ってきた小紺さんから手渡されたのは少し古いタイプのKOKONの蒼いシューズボックスでした。「オボさんには、これかなあと思って」と小紺さん。私なりに郵送されてきたとき、サイズの合いそうなものは片っ端から試着していたので、その中のどれを小紺さんはおすすめしてくれるのだろうとワクワクしながら箱を開けると…

深いブラックカーフの、Staffordでした。この時点で私の頭の中はパニックです。何故なら、事前に送られてきていた何十足もの箱の中には、無かったものだったからです。店主としてお客様の来店に備えるために、箱の中身を全てチェックしておくことも私の大切な仕事だし、箱を開けながらワクワクが止まらなかったことも事実です。しかし、心のどこかでは「嗚呼、私自身はこのトランクショー中は、金沢KOKONの醍醐味である“小紺さんの本日のオススメ”を新鮮な気持ちで味わうことは出来ないのだなあ」と少しだけ寂しく思っていたのです。そんな中で、全く見覚えのない靴が急に出てきた。しかも見るからに、とてつもない一足が、です。

今回自分が購入する靴を選ぶにあたって、イベント中に着ていたプリンスオブウェールズ柄の3ピーススーツに合うような1足が欲しいなと思っていました。靴単体で見れば前編でお客様にお買い上げいただいたブラウンの銀付きスエードのスリッポンは、元々Whenのトランクショーで金沢を訪問した時から欲しい靴だったし、履いてみればやっぱり素晴らしいのだけど、今回のスーツに合わせてという意味では少し違う気がしていました。他にもKO-11のチゼルトゥなど、欲しい靴は色々とあったのですが「絶対にこれだ!」というところまでは至らず、迷っていたのです。

それがどういうことでしょうか、どこからともなく現れた漆黒のStaffordは、最初からそれを見越していたかのようなドンピシャ具合です。小紺さんに聞くと「実は靴を送るときに、これは入りきらなくて外したんですけどね。前回金沢へ来られた時に、シュールズベリー(前述のスリッポン)などを見ておられましたから“そろそろ足入れの良い靴が欲しいのかもな”と色々考えているうちに、ふっ、と、やっぱりこれはお見せしたほうが良いんじゃないかなと思って、今日手で持ってきたんです」とこの靴がここに至るまでのストーリーを教えてくれました。

「それは、高野が昔に作った、カールフロイデンベルグの10分仕立てです。長い間店頭にあって、皆さん手に取って見られるんですけどね。それをサンプルとして見てから“ショルダーカーフのチョコで”などと、違う革を使ってオーダーいただくことがたくさんありましたねえ」と小紺さん。私はこれまでに自分用には7足のKOKONを履いてきましたし、妻にもたくさんKOKONをプレゼントしてきましたが、間違いなくこのStaffordがNo.1です。奇しくも、11年前の2月に受け取った私にとって初めてのハンドメイドラインがショルダーカーフのStaffordの9分仕立て。その頃からずっと大好きなこのモデルを、今はなき幻のボックスカーフ・カールフロイデンベルグと、10分仕立てで楽しめる。こんな贅沢なことはありません。何よりも、色々と考えて私のために小紺さんが当日持参してくれたというのがまず嬉しすぎる。もう履いた瞬間に心は決まっていました、小紺さんに「本当にありがとうございます、これ、ください」と伝えていました。

お客様そっちのけで自分の靴に感動しながら、10分仕立てのカール…当然、金額的にも今までで一番高いのだろうなとソファに座って一旦靴を脱ぎながら覚悟していると、私の頭の中が小紺さんには見えているのか、ポンと私の肩に手を置いて「オボさん、それ、○○円でいいからね。本当は、差し上げようかと思っていたくらい、本当に感謝しています。ありがとう」と優しい言葉が降ってきました。実は私の靴を選ぶ前に、小紺さんから「ジャケットをオーダーしたい」とお申し出があり、岩田さんと一緒に小紺さんのジャケットについてのご提案をしたところでした。小紺さんが私に伝えた金額は、ちょうどそのジャケットの代金と同じでした。おそらく、本当にそのままプレゼントしても良いと思って持ってきて、私がタダでもらったのでは申し訳なさで恐縮して履きにくいだろうし、その場にいた靴を買ってくれたお客様から私が羨まれてもいけないだろうと思われたのでしょう。ちょうど小紺さんからいただいた売り上げだけで買えるようにしてくれたのだと思います。私と30歳離れた大先輩の小紺さん流の、懐の深いお気遣いを感じました。到底敵いません。なんて温かい人なのだろう。

私と小紺さんのやり取りを見ていたお客様も「今までこの場に残っていて良かった、良いものが見れた!」と一緒に感動してくれました。KOKONと出会って13年ほど経ち、嬉しいことばかりいろいろとありましたが、ここまで胸が熱くなったことはなかったかもしれません。もちろん、前回のトランクショーで小紺さんの力になれたことも、キノさんと一緒に金沢のお店を訪問し対面出来たときも、感動しました。そういった私と小紺さんの関係性があったからこそ、こんなに素晴らしい日を迎えることが出来たのだと思います。つくづく、心の繋がったお付き合いがもたらす感動は何にも代え難いと感じましたし、そういう場を少なからずお客様へご提供出来ているであろうTHE TRUNK BY OBOISTを運営していること自体にも「最高に良い仕事だ」と誇りを持つことが出来ました。

お客様が帰られる際も、小紺さんは玄関まで必ずお見送りされていて「何かあったら、いつでも仰ってくださいね!」と声をかけていました。小紺さんの立ち位置は独特で「職人から直接買ったお客さんっていうのは、例えばちょっと最初履き心地がかたくても、職人らが“最初はそんなもんです”って一言言えば、お客さんもそんなもんかなって我慢して履いてくれるんだけど、私の場合はそうはいかないんですよ。足が痛い気がすると相談に持ってこられて“そうでしたか、何度か履かれましたか?”と聞いたら、まだ1回少し履いただけだということもありました。そういうときでも、誠心誠意、“かしこまりました”とお預かりして、こちらで出来る最大限のことをして返してあげると、本当に喜ばれるものなんです。そこから10年、20年というお付き合いになっていくんですねぇ」と仰っていました。小紺さんの職人・お客様双方との向き合い方は私の理想形です。小紺さんは靴という分野のスペシャリストですが、私の店は靴以外のトランクショーもたくさん開催していますから、すべての分野において最高レベルのサービスを提供するには、それはもう大変な努力と勉強をしなくてはなりません。それでも、そこに挑み続けることで、私の店は育っていくはずだと今は確信しています。すみません、またしても長くなってきてしまったので、二日目については次の記事に分けたいと思います。

<エピローグ>

全てのお客様が帰られてから、日本酒が好きな小紺さんにオススメの料理屋さんへ打ち上げにいきました。その日あったことを色々と振り返りながらお酒を飲むのがトランクショー後の一番の楽しみなんです。ブログ記事は小紺さん中心で書きましたが、岩田さんも6着のスーツジャケットの対応を頑張ってくれました。いつもは飲まず食わずの空きっ腹状態で飲みにいくのですが、今回は朝、妻のおかあさんが差し入れしてくれたコメダのサンドウィッチを18時頃になって食べたあとだったので、おつまみを中心に。小紺さんが効き酒のセットを頼んでいたので、私も今回はビールではなくて日本酒で。ちゃんと食べてから行ったこともあって、お酒に強くない私もいつものように寝落ちせずに済みました笑 岩田さんがつい「俺も、あの靴試着したかったな」とポロっと口に出してしまったことをきっかけに、じゃあ飲み終わったらもう一度TTBOへ戻って履いてみようということになりました。

最初はマシンメイドのジョージブーツを試着したのですが、足が浮腫んでいたこともありかなりきつそうです。そこで元々小紺さんが「これは岩田さんに良いんじゃないか」と持ってきていた10金のオリジナルバックルを使った10分仕立てのシングルモンクを試着したところ・・・

岩田さん、苦悶の表情。本当に今までに見てきた岩田さんで、一番、辛そうでした。「なんで今月余計な買い物いろいろしちゃったんだ俺、、、え、いけるか?いや怖い、いけない、、、だけど行ける気がする、んー…」などと一人でずっと悩んでいたのですが、本当に今はマズいらしく笑、ぎりぎりのところで諦めていました。

一日頑張った最後にこんなに辛い出来事が待っているなんて、本当にお気の毒です。これからも岩田さんにはTTBOオーダー会で対応してもらいたいですから、良いものを見るたびに苦しむことになるかと思いますが、変わらぬお付き合いをどうかよろしくお願い申し上げます。笑

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