井上荒野『その話は今日はやめておきましょう』
その話は今日はやめておきましょう | |
クリエーター情報なし | |
毎日新聞出版 |
発売日:2018年5月18日
形態:単行本
ページ数:256
オススメ度:★★★★★
マヤ・ルンデにえらく時間を使ってしまった反動か、無意識に私としては珍しく割と薄い本を手に取り読んでみました。いつも同じ本屋の新刊コーナーで平積みになっている本を幾つか立ち読みして選ぶのですが、この日はそこから気にいる本が見つけられず、文芸書コーナーの“あ”行の作家から順に選んでいったら・・・最初の方にあったこの本に出会いました。そしてこれが存外の面白さ、不気味さ。
70歳前後の夫婦二人暮らし。自転車が趣味で、定年まで営業本部長として勤めあげた夫の昌平と、ガーデニングを楽しみながらも年齢からくる身体の衰えにどことなく心細さを感じている妻・ゆり子。それなりに裕福な二人、昌平の勧めで最近では夫婦揃って自転車に乗ることが日常になっていたが、ある日コンビニまで出かけた昌平が事故にあい、入院。足を不自由にし、リハビリを余儀なくされる。
そんな折、ひょんなきっかけから知り合った青年・一樹。定職についていない26歳の彼とは自転車屋、病院、ポストインのバイト中、偶然にも複数回顔を会わせることとなり、身の回りのことで様々な不安を抱えていたゆり子は彼を自宅の手伝いをさせる「家政夫」のようにアルバイトとして雇う。
最初は真面目に働いていた一樹であったが、元々素行が良い方ではない彼は、夫婦から期待されているような頼り甲斐のある爽やかな青年でありたい、そうあることにやりがいを感じながら、他方で自らの中に住まう悪に段々と支配されていく・・・。
核家族化、高齢化の進む現代日本において、昌平・ゆり子のような不安を感じている夫婦は五万といることでしょう。独立した子供たちはあまり頼りに出来ずに、周りに住む無遠慮な若者たちに少し遠慮し、肩身狭く慎ましく生きる。
一方で、やりたいことも見つからずなんとなく苛々しながら上手く生きられない一樹のような若者もまた、現実にたくさんいるでしょう。非正規雇用、その場しのぎの生活。
老夫婦と若者の全く異なる種の心理描写の対比で、この小説に一貫して漂う不気味さが際立つ。
星五つ、もったいないかな? いやいや、出し惜しみしても仕方がないですし、秋の夜長に一気読みするのにうってつけの小説だと思います。自信を持ってオススメできます。
次は最近新聞にも取り上げられていた気になってる『ある男』か、マヤ・ルンデを買いに行った日についでに立ち読みしていたまさにその日に発売されていたポール・オースターの『インヴィジブル』か、あるいは・・・
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